決して止まらない、変化



五月になった。


朝と昼の寒暖の差が徐々に小さくなり、

春爛漫でありながらも、確実に夏に向かって季節が進んでいるのを感じる。



ようやく訪れた春。



寒い間に準備を整えた草木が若葉を精一杯に広げ、

この一年で最も若々しい季節を謳歌するだけでなく、

来るべき次の冬への備えも怠っていない。


わたしたちはいつからか、


「季節」


という概念をつくり出し、それをひとつの、


「区切り」


として意識して受け入れ、

それに基づいて生活することに何の疑問も持つことはない。



しかし、ひとたびそのような


「区切り」


がつくられると、なんだかそこがまるで分水嶺のように、

まるでなにかのスイッチのように、


「そこまで」と「そこから」


というふうに、キレイに分断されるような錯覚をする。

そんな自分の思考、受け取り方に気がついた。



だが・・・



周囲の気候や草木、昆虫などをよく観察すれば、

そのような「区切り」など実は存在せず、

日々刻々と、ものごとはシームレスに動き、

無段階に変化し続けている。


そんなあまりにも当たり前のことを、何故かズレて認識していた。



すべては連続的に繋がっている。



わたしたちの日々の暮らし。

わたしたちが日々考えること。

わたしたちが日々行う行動・・・



全てのものごとは、そこだけで途切れるということはなく、

必ず次の瞬間、その次の瞬間の世界への橋渡しがされながら、

次の一瞬へ影響を与え、一瞬前から影響を受けながら、

流れるように続いていく。


何かを一時的に停止させたり、

まして「時間よ止まれ!!」など不可能だ。



今この瞬間、どうあろうとするか。



これが大切なのは言うまでもない。



でもそれすら動き続ける「世界」の「一瞬」を切り取った視点。



だから・・・



どうあろうとし続けるか、ということが大切なのだ。



自分が意識しているときだけ、ものごとが動いているわけではない。

寝ていようが、知らぬふりをしていようが、変化は止まらない。



「変わらないものがある」


などと時々耳にするが、その言葉は本当は、


「変化し続ける変わらないもの」


なんて意味なのではないだろうか。



辿り着きたいものが、場所があるのなら、

それすらも変化し続けているのだ。



であるなら、私は変化し続けなければならないはず。



いつもと同じように春が来た?

いや、

初めて体験する春が来た。

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